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余裕のよっちゃん? それから、本と。さん




ナイアガラトライアングルの ♪A面で恋をして が頭から離れなくなっている。
もう離れたかとおもったら、まだくっついてくる。
じつは最近、ひょっとしてそうなのではないか?といぶかっていることがあって、
それというのは、ぼくのセンスが80年代と親和性が高いかもしれないということです。
どういうこと?
いや、どういうことなんでしょう。
たとえば、笑いのツボがちょっと古い。
あるドラマのなかで、梅沢富美男扮する成り上がりセレブが半生を振り返っていうセリフにこういうのがあった。
「ミーの人生なんてみんな嘘っぱち(間)castle on the sand…砂上の楼閣さ」
ぼくは、このcastle on the sandに大ウケしてしまった。
なんともいえない間と力の入っていないセリフの言い方がよかったのだが、その絶妙さを差し引いてみても、
castle on the sandにふつうにウケてしまうというのは、これはちょっと80年代的古さを感じる。


1980年代というとぼくはまだ小学生であったのだが、80年代的な思い出といえるものがほとんどない。
かなしいかなぱっと思いつくのは、マンモスヤッピーと大人じゃ〜んくらいである。
それだって、のりぴーをテレビで見たわけじゃなく、学校でみんながいっているのを聞いておぼえたのだ。
あまり世間というものに関心がなかったような気がする。おまけに、夢がない子どもだった。
夢は何?ともし聞かれたときのために一応回答は用意していたが、
ぼくは将来こうなりたい!という野心や憧れといったものはまるでなかった。
ただ、存在に余裕を感じさせる人物には憧れた。この余裕さはおぼえておこうと思った。

五年生くらいから横浜の上大岡にある日能研という塾に通っていたのだが、
そこにはそういう余裕を感じさせる人物が沢山いた。そういう子はだいたいカシコい子だったので、
ぼくは「ああ知性というのは余裕のことなんだな」と漠然とおもったものだった。
それでも、知性や知的欲求といったものは、このころのぼくにとってはまだじぶんの〝外〟にある何かだったとおもう。
そういう余裕を感じられたということが、ある意味、小学生のぼくのなかにあった余裕であったといえるかも知れない。
中高大とすすむにつれてどんどんヘンコになっていた人間としては、
あのころがいちばん(ぼくなりに)余裕を持てていたシーズンだったのかも知れない、ともおもう。

そんな小学校時代にぼくらの担任だったショージ先生から、こないだ便箋のお手紙がとどいた。
お送りした蜆TuReについてご感想を書いてくださったのである。
(2年生と5、6年生のときの担任の先生だったので、小学校時代の半分がショージ先生だったということになる。
4年から5年になる日、朝令で新しい教室に割り振られた後で担任の先生の名前が発表されたとき、
もう一度ショージ先生のクラスになれることを知って、すごくうれしかったのをいまでもおぼえている)
あいかわらず話はワカラナイ(私には少々むずかしすぎる)という反応をいただくわけだが、
それでも、蜆TuReのやらんとする〝感じ〟とか先生視点からの〝作り手らしさ〟は伝わったようであったので、
なんとも少しホッとし、そしてとってもうれしかった。
ショージ先生は、奇抜な先生だった。そのファッションからして奇抜だった。
頭はお団子、耳には大きめのゴロッとしたイヤリング、
そして丈の長いタイトな柄入り(孔雀の柄をよくおぼえている)ワンピース。
何より、前足をつねに一歩斜め前に出して立つ決めポーズが印象的だった。
ぼくはしっちゅう怒られたものである。すごく怒られた。なんであんなに怒られたんだろうかというくらい怒られた。
すごく愛されていたか、すごく嫌われていたか、のどっちかだろう。
でも、まあ、こうしてお便りをくださるのだから、まあまあ愛されては、いた…のかなあ。

もうかれこれ25年ほど前の話です。その時間はいまもここまでつづいています。


さて、ひとつお知らせです。
9月18日にオープンした 本と。 さんの店頭で、『蜆TuRe』を並べていただいています。
どこの馬の骨ともしらぬこの小冊子の取り扱いを快く引き受けてくださいました。
本と。さんのお店は、兵庫県高砂市高砂町鍛冶屋町高砂銀座商店街(早口言葉のようですね)にございます。
ちなみに、調べたところ、
兵庫県は日本列島で最もため池の数が多い県だいうことを知りました。

全国のため池数(H27.4)
1  兵庫県 38,234
2  広島県 20,183
3  香川県 14,619
4  大阪府 11,077
5  山口県  9,995
兵庫県農地整備課調べ(他府県の数字はH25.3時点) 〔兵庫県ホームページより〕

不水としては、この〝水〟にご縁を感じる次第であります。
本と。さん、ありがとうございます。
(ちゃんと中味を読んでくださって、ご丁寧に感想までお寄せいただき感無量、、)


追記
創刊號に収載の短編『揚げパン事件』は、ぼくの小学校時代をモチーフにして書いた話で、
そこにぼくの初恋の人をモデルにした登場人物が出てくる。
送るときにそのことを先生に申し添えたのだが、先生はさすがにもうおぼえていらっしゃらないようだった。
しかし考えてみれば、教え子は数え切れないくらいいるのだから、そりゃあ無理もない。



蜆TuRe@本と。さん








コメント

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