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「納得しました」




大学にいたころ、たった一人だけ、個人的に言葉を交わした教授がいた。
八巻先生という。
ニコラウス・クザーヌスを専門に研究をされている先生だった。
髪が八の字でちりちりとカールしていた。名は髪をもあらわすのだろうか。
日本人はどこから来たのかという話のくだりで、南のほうから来た説の傍証としてごじぶんの御髪を指し、
「ぼくなんかは髪がこんなちりちりですから、ポリネシア系の血が混じってます」
とアカデミックな冗談をいっていたことがある。
そんな先生の授業では、毎回講義の感想を半ペラの紙に書いて提出することになっていた。
一回目の講義の後、ぼくはその半ペラにきったない字であることないこと書き散らかした。
背伸びをしたお尻の青い屁理屈千万を、である。
二回目の講義が終了したときのことだった。
書きなぐった半ペラを壇上にいる先生の手元に差し出し、出口へ向かおうとすると、
先生がぼくをふっと呼び止めたのである。ぼくにとってそれはほんとうに意外なことだった。
「君は いろいろ 考えているようだね」
間をもたせたやわらかい口調でそう語りかけられたとき、ぼくは素直にうれしかった。
心なしか先生の顔もうれしそうに見えた。
じぶんの思考や発想が他者の目に触れたのは、このときがはじめてであったとおもう。
こんな言葉を投げられたこともあった。大学五年生(!)のときだ。
「君みたいなひねくれ者はここ十数年ぼくは見たことがない」
講義後の壇上で腕を組んで立ち、にんまりと笑みを浮かべながら、先生はぼく目がけてそういったものである。
あの言葉はぼくにとってはひとつの勲章のようなものだった。
そういうひねくれ者はマスコミにすすむしかないだろう、と先生はぼくの進路を慮りアドバイスを付け加えてくれた。
(このひとことでぼくは大学の近くにある小さな作文塾に通うことになるのだが、
作文の実践力がつき筆記試験にパスするものの、内定にはいたらなかった)

以来、先生とは細々ながら音信絶えぬ間柄である。
これもひとえに、若輩者に対する先生の寛容さと親切心によるところのものであります。


先日、その八巻先生からありがたいことにお便りがとどいた。
お送りした『蜆TuRe』の感想を寄せてくだすったのである。
その葉書のなかにこんな一節があった。
先生のお人柄が垣間見られるので紹介させていただきます。

 「揚げパン事件」はたしかに(セラピーならぬ)頭の体操になりました。
 登場人物の名前の魚類と鳥と植物系ゆえに、老人の頭にはなかなか人間関係がたどりにくく、
 これもありがたい体操をさせて頂いたのだと納得しました。

先生ならではのウィットに富んだやさしい言い回しだ。
まちがっても、なんかややこしい名前ばかりでわけがわかりません、とはいわない。
最後の「納得しました」が特に効く。ぼくはおもわず笑ってしまったが、何だか申し訳ない気持ちにもなった。

ぼくの書く話には、ちょっと通訳がいるのかもしれません。





コメント

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みな、地球。

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地上では、堅い岩が気の遠くなる時間をかけて砕け、そこに動物微生物の死骸が積もり、やがて豊かな土になった。
そうやって積み重ねられた長い長い建設作業の末に、生命の原初的な土台が築かれたのである。
その歴史的事情をわきまえずに、のうのうと地球で暮らしていくのは、私はいやなのだ。
それは、なんておこがましい、なんてまずしいことか!
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工場日記1

毎朝、9時15分過ぎに工場の門をくぐる。
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作業開始。
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黙々と、かつスピーディーに鋏を入れていく。
一日に何千という総数をさばく必要があるので、おのずとスピードが求められる。
ただ実際のスピードには個人差があり、判型によってもかかる時間は異なる。
私の場合は、だいたい1ヶにつき15秒から20秒といったところか。
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SPICE IS THE PLACE!

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入れたりしている。なにせ八十八もあるので、ほとんど空。
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