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infra-mince考/『マルセル・デュシャン、メモ』No.10をめぐって




Matsuoka Seigow氏が、あるとき、少人数を対象に行った講習会の場で、こんなことをお話しされた。

「いま、僕は諸君に向かってこうやってマイクでしゃべってます。僕の後ろには、ホワイトボードがあって、そこには
何か文字が書かれてる。で、ここで僕がこう、ホワイトボードのほうを振り返る。そうすると、諸君のほうを向いて
喋っている僕は、ホワイトボートのほうへ体を向ける僕へ移っていく、入れ替わっていくわけですね。そのときに、
いい?そのときに、喋っている僕と、何か書こうとして振り向くホワイトボードとの〝間〟に、何があるか、ということ
なんです。いい?そこを知りたいわけです。僕とホワイトボードの〝間〟がどうなっているか。」

数多く聞いた興味深い話のなかで、この話はいまでも私の記憶のなかに視覚情報と一緒に残っている。
「間 あいだ」というのは、Seigow氏がとても重要視している見方で、精神科医であり哲学者の木村敏さんも、
この言葉を好んで使われている。私は、あまりに頻繁にこの言葉が使われている場面に触れすぎていたのと、
あまりに簡単に使えてしまう言葉であると思っていたこともあって、意図的に用いないようにしていた。
Seigow氏が、この言葉を通して、微妙きわまりないことを説明しようとしているのは、感覚的にわかっていた。
表現へ向かう私の動機が、そういう微妙きわまりない方面に隣接しているという自覚もあった。
だから、なおのこと、言語化をする手前で据え置きしたいという気持ちがあったのである。
分かったようなつもりで口にしたくなかったのだと思う。


私がここで、わざわざこの〝間〟という言葉を引き合いに出すのは、
マルセルデュシャン(Marcel Duchamp)が残した infra-mince という暗号のような造語について、
何かを言わなければならないと思ったためである。

infra-mince/アンフラマンス
(infra-:「下部、下方」の意をあらわす接頭辞 mince:「薄い」)

岩佐鉄男氏によって、「極薄」と訳されたM.デュシャンの物の見方である。
訳者の岩佐氏は次のように言及している。

 この意味を的確に言いあらわす日本語をうまく思いつかないので、この訳稿では《極薄》という語をあてているが、
 たんに「極めて薄い」というのではなく、ちょうど赤外線infrarougeが赤の限界を超えた色−−−色としては知覚
 できない色−−−であるのと同じように、《inframince》は薄いという知覚さえ失われる極限での薄さであることに
 留意していただきたい。     ユリイカ1983年10月『特集マルセル・デュシャン』より

生前、デュシャンは自筆のメモ類を集めたものを三度発表している。
・『1914年のボックス』
 17枚のメモを写真で複製し、コダックの写真乾板の空箱に入っているもの
・『グリーンボックス』
 94点のメモ・スケッチ・図面などを、紙質・インクの色・紙のちぎれまで複製したもの,1934年
・『ホワイトボックス』
 79点のメモを複製したもの,1967年

デュシャンの死後、生前発表されたものを含むメモの包みが発見され、
1980年にはそのメモ集が『マルセル・デュシャン、メモ』と題して限定1000部で刊行された。
メモは生前のボックスと同様に忠実に複製印刷され、1から289までの番号をふって、
メモの活字と英訳を付した書籍の形で公刊された。
『マルセル・デュシャン、メモ』は次のように四つに分類されている。
Ⅰ アンフラマンス(1-46)Ⅱ 大ガラス(47-164)Ⅲ 計画(165-207)Ⅳ 言葉遊び(208-289)

デュシャンのinframinceや薄さについての考え方は、生前に二度、雑誌と対談のなかで紹介されていたようだ。
私は、この言葉の存在をついこのあいだはじめて知った。そして、この言葉に言及している日本語文献を求めて、
手当たり次第にデュシャンを論じている本を取り寄せたのだが、どれも当てが外れ、ようやく雑誌ユリイカに
inframinceに関するメモの訳とそれをめぐる対談が載っていることを知って、手に入れ、ひとまず落着した。
かなり気にしながらも、しばらくそのまま保留にしてあった。
ところが、居留守文庫の岸さんから、蜆TuRe第三号の短篇『足を洗う』の世界について、
「デュシャンのアンフラマンスの概念を思い出した」という感想をいただき、そうかそうだった!と
私のほうこそ、そのことを思い出した次第なのである。
薄さへのあこがれと愛着は、足穂の〝薄板界〟を知るより前に、生理的なセンスとして私のなかにあった。
そのなかへ、ブランショが文学的な心臓として埋め込まれたわけだが。
だから、薄さとか、近さ(遠さ)とか、消失とか、現前とか、いるとかいないとか(在・不在)、
使い慣れているかどうかを別として、私にとっては馴染みのある方便だったのである。
そこに、inframinceの干渉がやって来た−−−知る由もなく…しかも、ついに!−−−という感じだった。

20のときに、一度強烈なデュシャン熱にかかった。
私は図書館という場所がどうも苦手で、大学に在籍していたときも、数えるくらいしか行かなかったのだが、
居心地の悪さを抱えながら美術や哲学の棚をふらついているときに、たまたまデュシャンの評論を手にしたのだった。
おそらくロクに読めていなかっただろう。だが、その本を手に取ったおかげで、私はデュシャンにやられた。
とりわけ、『大ガラス』の冷たくてシニカルな世界観に感染した。後日、画集の棚に入って実物の大写しの写真を
見たときは、飛び出す絵本に夢中になる子どものように驚き、頗る感動し、嘆息をもらしたものである。
レーモン・ルーセルの言葉感覚のこと、彼の『アフリカの印象』が及ぼしたデュシャンへの影響などに、そのとき
ぼんやりと触れ知ったのだった。
その後、池袋のLibroという本屋の三階にある美術コーナー(私はそこにしばしば通っていた)でデュシャンの
洋書の画集を見つけた。ABRAMという出版社から出ている綺麗なオレンジ色の表紙の画集であった。
1万円以上する大きな本だったが、棚の前で少し迷ってから、よし買おうと決意した。手持ちの現金がなかったので、
急いで階下に降りてキャッシュディスペンサーのあるところまで行き、お金を下ろして、エレベーターを駆け上がり、
決意とともにその本を抱えてレジに並んだのを覚えている。

そして、このほど、そのデュシャン熱が15年以上ぶりに再燃したのである。
きっかけは、ミシェル・レリス。ここが本命だったのだが、そこから、レーモン・ルーセルへ必然的に戻り、
さらにデュシャンにまで遡ったという感じである。というか、ここはほとんど地続きと考えたほうがいいのだろう。
つまり、私の視界の先に、レリス・ルーセル・デュシャンという可能性としての大陸棚が現れたというわけなのだ。
ミシェル・レリスの文献が乏しい(訳され得ていないため)という事情もあずかり、
あれよあれよという間に、デュシャンのもとに引き戻されてしまった感じがする。
ちょうど最近、私がパウル・クレーにふたたび引き戻され、かつてないほど真剣になっているのと同じように。

さて、困った。なかな本題に移れない。

inframinceのアトモスフィアに、どこから近接しようか迷う。近接できるかどうかは、やってみないとわからない。
試みにここからはじめてみよう。

 メモ10
 人が眼差しに提供するもの〔眼差しにさしだすために実行することのすべて(あらゆる分野)〕と、大衆の冷やかな
 眼差し(ちらっと見て、すぐに忘れてしまう)との交換。ほとんどの場合、この交換が極薄な分離の価値をもつ
 (つまり、あるものが賞賛され、見られることが多ければ多いほど、極薄な分離は少なくなるということ)。

「見る」ということが、いったいどういうことであるのか。デュシャンはここで、そのことを皮肉たっぷりに、
そしてじつに(しかも遠巻きに)本質を突きながら、すうっと思考の出口へと姿を消していってしまう。
まるで、inframinceのことに触れているここには、もうinframinceはなくなっているのだといわんばかりに。

デュシャンは、こう書いている。「眼は極薄の現象を定着する(メモ5)」。inframinceは、「眼」の否定であり、
「見る」ということの否定ではじまる。そのはじまりを取り違えると、すべて間違ってしまう恐れがある。
「この交換が極薄な分離の価値をもつ」とは何のことか。
inframinceが眼の否定ならば、「眼は(極薄の現象を)定着する」の「定着」は、否定的なニュアンスをもつ。
「分離(の価値)」は、この「定着」と対立関係にあり、したがって、inframinceは「分離」を肯定する。
つまり、「分離」は、inframinceという運動をあらわすひとつのエッセンスであるということがいえる。
「人が眼差しに提供するもの」という言い回しは、とても奇妙である。まるで、こういっているように聞こえる。

…「あなた」が何かを「見る」とき、「あなた」に何かが「見える」のは、それは、あなたの「見るという行為」が
「(何かが)見える」ということを保証しているのではない。そうではなくて、先に「見るという可能性」−−−つまり、
誰のものでもないものとしての眼差し−−−があって、そこへ向けてあなたが(見るという行為を引き起こす)何らかの
「動機(欲求)」を差し出すから、はじめてあなたはそれを「見る」ことができるのですよ…あなたは、おそらく、
あなたが何かを「見る」とき、「あなたが見る」というその行いが、あなたがあなたであることを寸分も疑わないように、
「あなた」によって生み出された純粋かつ独占的な行為であると疑わないでしょう。しかし、それは間違いです。
なぜならば、あなたは忘れるからです。「見た」ことすら忘れるからです。あなたは、「あなたが見る」という行為に
何の責任も持てないばかりか、いま「見た」ことが何だったのかさえ、忘れてしまうのです。このことが、「あなたが
見る」という行為が、あなたの側には属していないことを証明してくれています。「見る」という行為は、誰のもの
でもない眼差し=「見るという可能性」の側にしか属していないのです… という具合に。

<人が眼差しに提供するものと、大衆の冷やかな眼差しとの交換>を端的に言い換えるとするならば、
<「見る」と「忘れる」の交換>とあらわすことができるのではないかと考える。そして、ここでいう「交換」は、
「交換して」ではなく、「交換することができるという前提に立ってみればおわかりでしょうが」という断りの意を示して
いるのではないだろうか。「見る」のに「忘れる」。「見」たら「忘れる」。この相互の関係を指して、<「見る」と
「忘れる」の交換>と言い表そうとしているように私には思えるのであるが、どうだろう。
デュシャンがここでもっとも言いたかったことは、何なのか。

「見る可能性」「見える可能性」/「見ない可能性」「見えない可能性」…「忘れる可能性」

この対置する二つの可能性の中間に立って、「見る」という行為を〝透視〟したときに、はじめて見えてくる「動向」の
正体。ここをこそ、これをこそ、指し示しておこうとしていたのではないか。デュシャンの本意は、二つの可能性について
言及することにではなく、二つの可能性を行き来してみることで相対的に目覚めてくる「二つの〝間〟にある何か」を明ら
かにしていくほうにあったのではなかったか。デュシャンが「分離(の価値)」と呼んでいるものは、その「二つの〝間〟
にある何か」に限りなく近いのではないかと私は思う。
そして、この視座に立ってはじめて、inframinceへの本質的なアプローチを開始できるものと考えるのである。


 メモ1
 可能なものは極薄である−−−いく本かの絵具チューブが、一点のスーラになる可能性は、極薄としての可能なものの具体的な
 〝説明〟である。
 可能なものは何かになることを含んでいる−−−ひとつのものから他のものへの移行は、極薄においてである。
 〝忘却〟についての寓意



 「見えるものの法則を見えないものに奉仕させる」 −−−オディロン・ルドン(Odilon Redon)

 「彼女としては、彼女に可能な自由さのすべてをあげて、私が見つめているのを見たと彼女が思いこんでいる地点のほうへ
  とつねにいっそう前進しなければならなかった…」 −−−モーリス・ブランショ(Maurice Blanchot)
                          『最後の人/期待 忘却』





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続 工場日記

その一 「痛み」

僧帽筋、脊柱起立筋、左三角筋、左手尺骨三角骨靭帯、胸鎖乳突筋…
これまでに労働をつうじて特に試練をしいられてきた主な部位たち。
なかでも胸鎖乳突筋の痛みには完全に参った。
ある夏の晩、寝ちがえる。首に経験したことのない激痛が走る。
数日前から頸部を中心に体の痛みをおぼえていたのであったが、
そこに、Liquorの過剰投与とその後のまずい体勢での寝入りが引き金となり、
トドメを刺されたかたちである。
首を回せない。寸分動かそうものなら、稲妻が走る。
そうなれば蚊の鳴くような声で泣くしかない。咀嚼もままならない。
患部を揉み揉み、なんとか読書ができるくらいまで回復したその日の晩、ふたたび激痛。
いよいよ万事休すと近くに整体院がないかを調べることに。
調べていくあいだに、寝違えのことがわかってくる。
どうも、寝違えというのは、
腋内側に走っている「腋窩(えきか)神経」が圧迫されて起こるようである。
寝違えて頸部に痛みを感じた多くの人は、首を揉んだり横に曲げて伸ばしたりするが、
これは一番行ってはいけないことなのだそうだ。
理由は、頸部の筋肉はいままさに炎症を起こし圧迫されている状態なのであって、
そこを揉めば圧迫に拍車をかけ、さらなる炎症を引き起こし痛みを悪化させるため、と。
やってはいけないことをやれば、治るものも治らない。
何かいい手はないものだろうかとおもいながらさらに調べていくと、対処法なるものを見つける。
腋窩神経を圧迫から解放してあげる有効な体操。

体操1
1. 背筋をのばし脱力。
2. 痛む側の腕を後方へ引き、少しずつ上げる。
(手首はだらりと垂らす)
2. 上がりきったところで、20秒キープ。腕をゆっくり戻す。(2セット)

体操2
1. 痛む側の手を腰に当てる。
2. 肘を後方へ引く。
3. 引ききったところで、20秒キープ。腕をゆっくり戻す。(2セット)

体操3
1. 痛む側の腕を手のひらを上にして肩の位置まで上げる。
2. 120度の角度で肘を曲げ、そのまま水平に後方へ引く。
(体はひねらず腕だけを後ろへ)
3. 引ききったところで、20秒ほどキープ。腕をゆっくり戻す。(2セット)

実際にやってみると、どうしようもなかった首の痛みが引いた。
ただ、いつあの痛みが再発するとも知れないので、しばらくは用心の日々を送ることに。

映像日記

2月14日 水
非番。復調。寒し。
週末ゴダール。インタビューや批評つまみ読み。ドゥボール。situs状況主義。インタビューは何より興味深い。
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ポルトガルで起きたカーネーション革命を下敷きに、「視線」についての考察が中心を流れている。
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視線を司るものは?「文章」。
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文章はそれを読む(見る)視線の前で意志を持って動き、視線を監視している。
視線が文章を追うのではなく、文章が視線を追う。
映像を撮ることも映像を観ることも可能
だが、
そこにあるべき「視線」そのものを描くことは(可能かどうかというより)許されているのか?

「最後に、《俳優と観客の間にある映画》というタイポ文字のタイトルが、
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 カーソルだけが空しく動き続けて映画は終わる」(E/M Books 2)

文字を打つ作業と打たれた文字がそこに表象として写し出される現象とのあいだにあるものについて。
「文字を打つという作業」が、打つ人とは別の主体性で、何か別の作業を行っているという仮説に立って。
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今回の蜆TuRe(第七號)は、海と転生というテーマでひとつ書いてみた。
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それはさておき、これを書いている最中、プランクトンに友情を抱き、
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地上では、堅い岩が気の遠くなる時間をかけて砕け、そこに動物微生物の死骸が積もり、やがて豊かな土になった。
そうやって積み重ねられた長い長い建設作業の末に、生命の原初的な土台が築かれたのである。
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この反芻に、牛が生き延びていく上でとても重要な秘密が隠さ…