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6月, 2016の投稿を表示しています

シモーヌヴェイユ/交渉

初夏の草木が緑を放つ。水と光のはたらきがその緑を謳歌する。
植物は、天と地のあいだに立つ地上の天体。生える心臓。
植物の根は重力に従順に地へ差し向けられ、葉はその根が吸い上げる養分を恩寵とし、
もうひとつの恩寵をもたらす太陽の光へ差し向けられる。
地へ落ち込み天へと伸び、地を吸い上げ天を希求する。
その下降と上昇の垂直運動から、神話性はゆるやかに導き出されるだろう。
植物が放つ性は、人間の性の限界を超え、有機体としての宿命を暗黙裡に語りはじめるだろう。


ひとつの幻影がそこへ差しかかる。
いや、ひとつの幻影のほうへそこが差しかかる。
交渉の発生。そういう交渉のあり方。
光合成というはたらきに植物の神秘を見てとり、それをそのまま生命の信仰として持とうとした
シモーヌヴェイユの幻影は、
痛ましいほどにみずからを低いほうへと向かわせることで絶滅と永遠を望み、
光と影の相反を訴えながら、霧のような燐光を放って高みへ向かって落ちていく。
その光は他の追随を許さぬ鋭い輝きで光り、その影はとてつもない孤絶を内に秘めてかげる。


シモーヌヴェイユというひとつの霊性は、真実との交渉を希求した。
その希求が、彼女の信仰を支えていたのではないだろうか。


ぼくはいま、
シモーヌヴェイユが放つその草いきれを、思い切り吸い込んでみたい気持ちでいる。
こういう気持ちは、たいがい、周期性を持って訪れる。
いや、周期性などといった言葉でこの延滞をごまかしてはいけない。
ぼくは、もう4年近くもシモーヌヴェイユの言葉をほとんどまったく放置してしまっていたのだ。
その幻影とそれへの思慕が、いくぶん、日常に溶け込んでいたとしても。
無知の常習性ほど怖ろしいものはない。
忘れていて済むものとおもっていられることの可能性を疑いたくなる。
その怠慢を切り裂きたくなる。ナイフの切っ先は、ぼくの手首に当てられる。


いまこのぼくのなかをよぎるものについての考察ーーー。

   ポエジー
 ポエジーの仕事は、たゆまぬ受容と創作にあると考える。
 その受容と創作の方向性を担い、この仕事をその方向へと押し進める原動力となるものは何だろうか。
 それは、知られざるものとの交渉であろうと思う。
 知られざるものとは何か。
 それは、ポエジーが相手するところのことごとくに当てはまるものであろうと思う。


   共感
 本質的な部分での…

谷中さんする四号

むかし、東京には谷中安規さんという芸術家がいて、その人は版画をたくさんたくさんつくっていた。
日本が戦争に負けると、焼け野原に粗末なバラック小屋を建てて住み、
にんにくを齧って暮らしていたのだけれど、栄養失調でついに死んでしまった。

ぼくは痩身で、だからかどうかはわからないが、
YOUを見てると谷中さんを思い出すのよ、とある人がぼくにいったことがあって、
それで、ぼくは谷中さんのことを知った。

谷中さんの想像力は、楽園と魔界につうじているとぼくは思っている。
グロテスクな顔とロマンティックな顔を、あの小さな紙の上で自在にあやつってみせる。
まるで、いつまでも曲芸を見せつづけるサーカスのようである。
その曲芸をささえる源の想像力は、百年かけても尽きそうにない。

一年に一度は、ぼくは谷中さんのことを気にかける。
で、ついこないだも谷中さんのことが気にかかり、今度は少し本格的に気にかけてみようと思って調べていると、
ちょうど兵庫で展覧会が開かれていることがわかって、足をのばしたのである。
その展覧会で、谷中さんが内田百閒の本の装丁の多くを手がけていたことを知って、おや、と思った。
というのも、
それより少し前に、ぼくは黒澤明の遺作「まあだだよ」をたまたま見ていた。
この映画は内田百閒のことを題材にしたもので、
ちょうど内田百閒のことがいよいよ気になりはじめていたころだったので、おや、と思った。
「ノラや」という素晴らしい随筆があることも、この映画のなかで知った(すぐれた随筆ほど、よい文学作品はない)。
そういうわけで、
谷中さんと百閒が、一度にどどどとぼくの頭の玄関先に押しかけてきた感じであった。


話は一気にシジミへ飛ぶのであるが、
今回、四号の表紙を、ちょっとだけ、谷中さんしてみた。
谷中さんした、というのは、墨を用いてみたということである。
卵白を混ぜた墨でつやを出していた、という話を思い出し、それを真似てみた。
さすがに版画するまではしなかったが、なりゆきで小さな木箱の底を使った。
これに、卵白を混ぜた墨を適当に塗り、べたんと紙の上に押す。これだけ。
それをつづけて四回行った。
まさかの四行程で出来上がってしまったのであるが、
古いアナログカメラで撮った写真が、現像すると面白い仕上がりになるのに似て、
卵白を混ぜた墨はなかなかよい働きをしてくれた。
ベタっとした…

infra-mince考/メモ

inframinceの属性−−−



「分離の近さ」 −−−約束された近さ。 

/ 

分離とともに近接する波 −−−触れ合いの波。 
その波から粒へと微分されようとしていく数々の触れ合いのタイミング。 



波から粒へと微分されようとしながらも、粒には微分され得ないままで引き延ばされている網目状の波。

/ 

触れ合えるために必要なタイミングにまで近づかせるための遠近の調整。 しかし、それは離れていればいるほど強く働く。



離れていくほうと、離されていくほうとの交渉。



「離れていく」が断絶にならずに、反復の可能性へと引き戻されるような両サイドの関係。



裏切り・裏切られ をほのめかし(ほのめかされ)つつ、友愛の回復を先取りして期待しているような間柄。