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8月, 2016の投稿を表示しています

こわいという話

書くのをやめようかと思うことが、たびたびある。

書きたいことがあるうちは書きつづけたらいいというのは、だいたい平均していつも思っていることだが、
そうもいっていられなくなるときがある。
それは、自分の言語力と構成力に致命的な(と、少なくとも自分ではそう感じる)不足が立ちはだかるとき。
「不足している。ああオレはもうダメだ」と思うのではない。
その不足を補うだけの力を身につけることがどうも現実的に難しそうだと思えてしまうとき、挫ける。
早い話、自分の能力に限界を感じるわけだ。
限界といってしまえば簡単で、限界を乗り越えてこそ新たな道がひらけると言うのも簡単である。
だが、書いている本人は日々小さな限界を感じながらも、それを積んでは崩し、積んでは崩しして、
どうにか小さな成長を遂げつつ、次につなげていくことができているのだとおもう。
一方で、崩し切れずに積もっていく限界というものがあって、それが意識下で積み重なっていくと、
どこかのタイミングで袋小路に追い込まれ、身動きがとれなくなる。
さらにそこで、他者の目が入るなどして、何がいけないのかが明らかになればなるほど、
問題(限界)の具体的な根深さにはじめて気づき、万事休する。
とても立ち直れそうにない状態に置かれるのだ。

どんな独創性に富んだ創作料理でも、食べてみてマズかったらだれにも味わってもらえない。
それと同じように、
たとえどんな斬新で風変わりな着想で書かれた作品であっても、読み手にあまりに負担を強いるのでは、
「いいわるい」「わかるわからない」の前に、読んですらもらえない。
読んでもらえるという最低限の担保を作品に持たせるためには、それなりの筋道や順序や手がかりや前提を
話のなかに用意しておくことが必要になる。それがないと、読み手はどうしていいかがわからなくなってしまう。
特に小説と呼ばれているものにはそれが必要で、書き手はここを避けては通れないらしいというのが、
私にも少しずつ(身をもって)わかってきた気がする。
ここをしっかりしていくためには、構造を組み立てる力が求められるのだろうが、
正直言って、私はその力が弱い。これまで避けてきた部分でもある。

「よし書けた!」と自分なりにいえるところまで持ってくるまでにも、
原稿をいくどとなく見返し、つどダメ出しをし、もれそうなため息をぐっとがまんして何度も何度も…

シジミ雑記



7月。季節労働と戯曲賞の公募に出すための原稿執筆で転がるように過ぎる。
8月。魂を取り戻せず、じぶんを疑い、気色ばむが、十日ほど経たあたりでようやく魂がもとの席におさまり、
本格的に五號の制作に取り組み出す。ちらちらと五輪競技を気にかける。

そのほか。
手製の本棚を積み直し、一部揺れ防止のためにL金具で留める。
本をいったんすべて出し、あらたに並び替える。チェスの駒を動かすようにして、本を置いていく。
この本はここではない。ここか?ちがう。こっちか?いや、まだちがう。どこだ?ここの隣か?と逡巡しながら差していく。
半日がかり。疲れるが苦ではない。「意味の積み木」をしているよう。
本の定期検診。関係性の深度測定。関係の更新手続き。

映画。タルコフスキー、トリュフォー、つまみ食い。森田監督の家族ゲームは面白かった。主演松田優作、伊丹十三、由紀さおり。

夏の弔い。五山送り火の中継テレビで見る。
あの土砂降りのなかでは、松岡正剛氏の低音濁音の声も、雨の轟音に掻き消されて味わい半減となるべし。
闇のなかの山水画。ファンタジック。雨は浄化し、かえってよしとすべし。氏の発言。
組み木に点火するところをはじめてじっくり見た。何ごとも人の手を介していると大いに感心。
大文字、妙法、船形、鳥居形、左大文字。受け継がれる遺志が燃えていた。



シジミ五號。
絵の素材、ひと通り出揃う。
表紙絵。描いては消し描いては消しをくり返し、下絵ができる。ペン入れの段階では一工程おわるごとに手が止まる。
初心に帰り、主にGペンを用いた線画の制作。
Gペン。本格的な使用は創刊號以来。少しは勝手がわかってきたのか、直線も曲線も以前よりだいぶ上手くさばけるようになる。
抽象度(記号性)を保ちつつ、見る人にとっての触れやすさ、構図のバランス、(線と要素の)情報量に注意する。
場所ごとにことなる線を選び、多様な組み合わせによってリズムを与えるよう心がける。
いつも以上に手探りの創作となったが、意外な作風に仕上がった。
今回、はじめて背景に色をつけた。この作業はもっともスリリングでわくわくした。

二本立ての短篇原稿は、ひとつはいったん脱稿したのち集中治療室入り、もうひとつは控え室で待機。
そのほか、扉の言葉、エッセイ、表4の詩、はほぼ上がり。

五號は、シモーヌ・ヴェイユへのオマージュ作品となる。
テーマは…