スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

1月, 2017の投稿を表示しています

かなしき列島

寒波来ぬ 走る伯備線 厳冬異国の如し


先週末、山陽山陰に入り、人間に会うという仕事をなして帰ってきた。
倉敷の蟲文庫、松江の冬營舎。挨拶を。
松江は大雪吹雪で、宍道湖の桟橋をわたるときには向かい風に正面から煽られ、
針刺すような小米雪の猛打を浴びた。
それにしても、はたして挨拶に足るものであったかどうかは、はなはだ怪しい。
いずれにせよ、おれはじぶんの仕事にけりをつける必要があったわけであり、
つまりその仕事というのは、お店に対する敬意と感謝、
それに長らく挨拶を怠ってきた不義理の反省とをあわせて勘定し、
その相当分の古書を買い上げることであった。簡単にいうと。
おれは棚に手を差し伸べ、しずしずと抜き差し抜き差しくりかえしたのち、
心に決めた拾冊ばかりの古書を帳場まで運びうやうやしく店主のもとに差し出すのだ。
その仕事を倉敷と松江でなし終えたおれの右肩は、道中、不義理の重みでみしみし音を立てていた。

伯備線の上で、裏日本の冬はこんなに過酷なものなのかとしみじみ感じ入っていた。
この道中、はじめにすでに切なさがあった。
松江をあとにしたころには、何かよくわからぬかなしみまで引き連れていた。

帰宅後、黙々と戦利品の荷解きをし、文机の前に座り思うた。
もう当分は、どこへも行かずに、じっと待機のときを持つべしと。






工場日記4 鋏は偉い

鋏は偉い。
この仕事をはじめてから数日経ったころ、鋏の原理というものに気づかされた。
鋏というのは実によく出来ていて、「直線を切る」という仕事をこなすための立派な構造を持っている。
そして、事実、その仕事を立派にこなす。だから、鋏は偉い。
さて、では、この鋏という道具を用いる人間が守るべきことは何か?
答えはひとつ。鋏の仕事の邪魔をしないことである。つまり、人間は、鋏のする通りにすればいい。

鋏の物理は、次の三つから成る。
二つの刃が交叉する部分(支点)、グリップ部分(力点)、支点から刃先までの部分(作用点)。
つまり、鋏はテコの原理から成っている。
刃の長さが20cmある鋏を用いて20cmの切り込みを入れるとき、もっとも小さい力で切るためにはどうするか。
手続きとしてわざわざ言語化してみるとこうなる。
まず、グリップを握り、切り込みたい始点に鋏の支点を当てがうと同時に20cm先の終点を目測する。
始点と終点が定まったら、グリップの力点に力をかけ、二点を結ぶ20cmの直線にそって鋏の刃を入れる。
このとき、力点にかかった力は、テコの原理によって作用点に移り、
この力の移動に合わせて、刃は始点から終点までの距離(刃と同じ長さ)を滑り、20cmの切り込みが入る。
いま、切り込みを入れたい長さと刃の長さが同じなので、力の大きさは1で済む。
切り込みたい長さが40cmの場合は、刃の長さが20cmだから、
刃の長さ(20cm)×力の大きさ(2)=切り込みたい長さ(40cm)で、力の大きさは2必要となる。

つまり、切る長さが20cmのときは、「1つのアクション」かつ「もっとも小さい力」で仕事ができるということだ。
何をいまさらという話ではあるが、この原理を知っているのと知らないのとでは、仕事の質と量がまったく変わってくる。
ぼくが工場の現場で使っているのは、いわゆる裁ち鋏で、刃の長さは25cmくらい。
切るモノ(本のカバーの端)の長さは、モノによってまちまちだが、
たとえば、
文庫本や新書、単行本などは25cm以下なので、原理的には1つ(1回)のアクションで切り落とすことができる。
ただ、鋏の刃というのは、力のかけ方と(始点への)刃の入れ方をまちがうと、アサッテの方向へいくことが多々ある。
特にスピードをつけているときは誤差が生じやすい。紙の硬度や紙質にも左右される。
そう…

工場日記3

工場における労働が、ぼくという一人の人間に及ぼす影響は想定外に大きなものだった。
生活精神と呼べるものの色合いが、まるで夜が明けていく空のごとくに変わっていったのである。
労働を欲する側と労働を与える側との相関性、労働のなかみとそれに従事する人間の特性との相性、
少なくとも、これらのバランスのよさが潜在的に好循環を生む担保になっていたことはたしかだ。
社会的な接触や相互干渉が生まれたことも、背景としてはもちろんある。
だが、今回の変化は、そのことにとどまらない。
ある労働(または、ある労働現場)が一人間の生活精神を変えるまでの効能をもたらすとき、
そこには必ず何かもっと自発的な意志が起きているはずなのである。
この自発的な何かとはいったい何なのかと考えてみると、ひとつのことに行き当たる。
それは、みずから環境をつくり出すということ。
与えられた条件と労働環境に基づいて、さらに一連の作業を通じて、
何か自分なりの環境をそこから導き出すことに成功したときはじめて、一人間のなかに変化が生じる。
そういうことなのではないだろうか。
たとえば、場にのまれそうになるときに、「あせるな。自分のペースを守れ」と自分に言い聞かせてやることが
できるかどうか。もし言い聞かせてその通りに動ければ、自分のリズムを獲得することができる。
あるいはもっと瑣末なことでいえば、どんな些細なことや、こんなことを聞くのは恥ずかしいというようなことでも、
周りの人に聞くことができるかどうか。年長者に対してだけでなく、自分と十歳以上離れた若者にも、
同じような態度で接することができるかどうか。「ありがとう」「すみません」という言葉が素直に出てくるかどうか。
自分という一人の人間が抱える矜持や性分や感情を、後回しにできるかどうか。あるいは折り合いをつけられるかどうか。
そうした現場への積極的なかかわりや他者とのやりとり、そのつどの受容と応対をくり返していくうちに、
与えられたものではない自主的な環境が空気の層のようにして自分のまわりにつくり出されていく。
もちろん、環境というのは生ものだから、うまくいかないこともある。
少しの迷いや、周囲の風向きの変化で、人間はバランスを失うもの。判断も鈍るし、循環もくずれてしまう。
そうなりきらずに、そうなりそうなところで何とか挽回して持ち直すのに役立つものが二つある…

工場日記2

3時15分から4時50分まで(おおよそ), 金属板で缶を作る. 油を塗り, 心棒に巻きつけ, 打つ. 工具が形を作る.
しかるべき側に溶接する. 終日そして昨日も立ち仕事で, へとへと. 動作はのろのろ. この缶は鋳物〈ボイラー〉班
の仲間で溶接して作った, と思うとうれしくてたまらない. この仕事のあいだ, ひとりの病気の女工を支援する募金.
1フランだす. だが, 班長はなにもいわない.時間賃[率]との差[額]は0.90フラン

10時から11時まで, 型版〈カルトン〉(その後もつづける). たやすい. やらかしそうな唯一の失態は, 詰めこみすぎ.
なのに, みごとにやらかした! レオンに罵倒される. 50サンチーム. 0.5%. 425個仕上げる. 稼ぎは2.12フラン.
記録は45分. 10時の支払は115フラン. 手当は36.75フラン. 時間賃率との差額合計は, 0.25フラン+1フラン+
0.95フラン+0.25フラン+0.90フランで, 合計2.50フランになる(この程度なら工場はつぶれまい……)

〔シモーヌ・ヴェイユ『工場日記』1935年1月2日から5日まで より〕


去年の夏、蜆TuReの印刷費とデザイン料を捻出するため、郵便局でゆうパックのバイトをした。
週5、午前6時から10時までの実働4時間。
ヴェイユ熱にほどよくおかされていたころで、つねにみすずの『ヴェイユの言葉』を手に持って出勤していた。
歩きながら本を読むという習慣を身につけたのは、前の前の年末に郵便局でバイトをしていたころ。
ひと月のあいだの行き帰りで、大江健三郎の『芽毟り仔撃ち』と遠藤周作の『沈黙』とリルケの『マルテの手記』を読了した。
それはさておき。
工場日記に打たれ、「ヴェイユも労働しているのだから」という理由だけを後ろ盾に、毎朝現場に向かっていた。
6時前になると蝉が鳴きはじめた。心地よい夏の朝の空気を吸いながら歩く道すがら。労働を水のように飲み干そうとしていた。
30kgの米、ゴルフバッグ、業務用の飲料水、ビール瓶1ダース、バカでかい電化製品、大量のうずら卵。
パレットの上で、虫籠に入ったスズムシが鳴いていた。
人間五人くらいは乗れる牢獄のような大きな金属のパレットに積まれた荷物を、地区ごとにパレットに区分けしていく。
ゆっくりやろうと思えばいくらでもできる。だが、アル…

工場日記1

毎朝、9時15分過ぎに工場の門をくぐる。
やれやれ、という感じでいつも。
工場といっても普通のオフィスビルと変わらない。自社ビルの一階がセンターの工場になっている。
タイムカードを押し、裏口から現場に入る。
配送業者が入荷した荷物を台車に積んでいる。
高く積まれたダンボール箱の壁を抜け、作業机の前へ。
荷物を足元に置き、鋏を道具棚から取り出し、
さてさてと手をさすりながら、仕事をとりにいく。
今日出荷予定の荷物の山から個口の大きいものを選び出し、
そいつをよっこらせと持ち上げて、持ち場へつく。
箱をあけ、中身を取り出す。
平均して一箱にだいたい40ヶから50ヶのモノが入っている。
箱の大きさによって異なるが、多いときは70ヶ。数十ヶの場合もある。
さっと検品しながら判型ごとに分けて机に置いていく。
数を数え、記録し終えたら、おもむろに椅子に座る。
ではまいります、と心のなかでつぶやきつつ、鋏を手に取る。
作業開始。
1ヶにつき切るべき箇所は4点。そこへひたすら鋏を入れていく。
切り取られた部位は、残骸となって足元に落ちていく。
鋏はピストル、そして残骸は空の薬莢。
黙々と、かつスピーディーに鋏を入れていく。
一日に何千という総数をさばく必要があるので、おのずとスピードが求められる。
ただ実際のスピードには個人差があり、判型によってもかかる時間は異なる。
私の場合は、だいたい1ヶにつき15秒から20秒といったところか。
4ヶで1分。40ヶで10分。検品に5分。作業後の判型揃えに5分。
一箱当たり、ざっと20分かかる計算である。
作業を終えたモノはつど所定の位置まで運び、すかさず次の箱に取りかかる。
この作業をひたすらつづける。

この4点切りの工程を作業Aとすると、
これとは別に、判型ごとに寸法を取り出す作業Bと、仕上げの工程に当たる作業Cとがある。
作業ごとにそれぞれ部隊があって、作業Cだけ素人とプロの二集団に分かれている。
作業AとBは、作業Cの前準備に当たる。ここで時間がかかると、作業Cにシワ寄せがいくので、
作業ABの進捗が遅いときは工場長の檄が飛ぶ。
労働者たちは、はじめのうちは作業Aに専念させられる。
そのうち作業Bも兼務するようになり、朝から作業Bにつく場合も出てくる。
ひと月もすれば、作業Cをさせてもらえるようになるようだ。
難易度は、ABCの順にあ…