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工場日記1





毎朝、9時15分過ぎに工場の門をくぐる。
やれやれ、という感じでいつも。
工場といっても普通のオフィスビルと変わらない。自社ビルの一階がセンターの工場になっている。
タイムカードを押し、裏口から現場に入る。
配送業者が入荷した荷物を台車に積んでいる。
高く積まれたダンボール箱の壁を抜け、作業机の前へ。
荷物を足元に置き、鋏を道具棚から取り出し、
さてさてと手をさすりながら、仕事をとりにいく。
今日出荷予定の荷物の山から個口の大きいものを選び出し、
そいつをよっこらせと持ち上げて、持ち場へつく。
箱をあけ、中身を取り出す。
平均して一箱にだいたい40ヶから50ヶのモノが入っている。
箱の大きさによって異なるが、多いときは70ヶ。数十ヶの場合もある。
さっと検品しながら判型ごとに分けて机に置いていく。
数を数え、記録し終えたら、おもむろに椅子に座る。
ではまいります、と心のなかでつぶやきつつ、鋏を手に取る。
作業開始。
1ヶにつき切るべき箇所は4点。そこへひたすら鋏を入れていく。
切り取られた部位は、残骸となって足元に落ちていく。
鋏はピストル、そして残骸は空の薬莢。
黙々と、かつスピーディーに鋏を入れていく。
一日に何千という総数をさばく必要があるので、おのずとスピードが求められる。
ただ実際のスピードには個人差があり、判型によってもかかる時間は異なる。
私の場合は、だいたい1ヶにつき15秒から20秒といったところか。
4ヶで1分。40ヶで10分。検品に5分。作業後の判型揃えに5分。
一箱当たり、ざっと20分かかる計算である。
作業を終えたモノはつど所定の位置まで運び、すかさず次の箱に取りかかる。
この作業をひたすらつづける。

この4点切りの工程を作業Aとすると、
これとは別に、判型ごとに寸法を取り出す作業Bと、仕上げの工程に当たる作業Cとがある。
作業ごとにそれぞれ部隊があって、作業Cだけ素人とプロの二集団に分かれている。
作業AとBは、作業Cの前準備に当たる。ここで時間がかかると、作業Cにシワ寄せがいくので、
作業ABの進捗が遅いときは工場長の檄が飛ぶ。
労働者たちは、はじめのうちは作業Aに専念させられる。
そのうち作業Bも兼務するようになり、朝から作業Bにつく場合も出てくる。
ひと月もすれば、作業Cをさせてもらえるようになるようだ。
難易度は、ABCの順にあがっていく。とりわけ、作業Cは最終工程なので神経も使う。

私は勤務して3週足らずなので、まだ作業Bまでしか経験していない。
作業Bは立ち仕事で、腰をやられるリスクがあるが、
私は二回目にしてうまい立ち方と鋏の入れ方を体得したので、そのリスクはもうなくなった。
これは作業AとBの両方についていえるとおもうのだが、
基本的に重心は後ろに置いた方がよい。作業の都合、どうしても前かがみになりがちだが、
前傾姿勢は、体にかかる負荷の面でも、効率の面でもあまり適していない。
前傾姿勢になる原因は、モノ(対象)と鋏と体とのあいだにある物理的関係から割り出せる。
対象へ向けて鋏を入れていくとき、どうしても鋏に体がつられて前のめりになる。
鋏を入れる始点と、刃先が抜けていく終点とを結ぶ線の方向に体が引っ張られてしまうからだ。
では、そうならないためにはどうすればよいか。
まず、始点と終点を結ぶ線を見定めること。線を見定めたら、体の軸は動かさずに、
その線の上に鋏だけを入れていく。
鋏だけを入れるというのは、いわば、
鋏を身体の「延長装置」として送り込むということである。
体は本営。鋏は前線へ送り込まれる派遣部隊。
この基本物理を身につければ、少なくとも作業AとBの効率と精度はあがることが見込まれる。
云々。





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続 工場日記

その一 「痛み」

僧帽筋、脊柱起立筋、左三角筋、左手尺骨三角骨靭帯、胸鎖乳突筋…
これまでに労働をつうじて特に試練をしいられてきた主な部位たち。
なかでも胸鎖乳突筋の痛みには完全に参った。
ある夏の晩、寝ちがえる。首に経験したことのない激痛が走る。
数日前から頸部を中心に体の痛みをおぼえていたのであったが、
そこに、Liquorの過剰投与とその後のまずい体勢での寝入りが引き金となり、
トドメを刺されたかたちである。
首を回せない。寸分動かそうものなら、稲妻が走る。
そうなれば蚊の鳴くような声で泣くしかない。咀嚼もままならない。
患部を揉み揉み、なんとか読書ができるくらいまで回復したその日の晩、ふたたび激痛。
いよいよ万事休すと近くに整体院がないかを調べることに。
調べていくあいだに、寝違えのことがわかってくる。
どうも、寝違えというのは、
腋内側に走っている「腋窩(えきか)神経」が圧迫されて起こるようである。
寝違えて頸部に痛みを感じた多くの人は、首を揉んだり横に曲げて伸ばしたりするが、
これは一番行ってはいけないことなのだそうだ。
理由は、頸部の筋肉はいままさに炎症を起こし圧迫されている状態なのであって、
そこを揉めば圧迫に拍車をかけ、さらなる炎症を引き起こし痛みを悪化させるため、と。
やってはいけないことをやれば、治るものも治らない。
何かいい手はないものだろうかとおもいながらさらに調べていくと、対処法なるものを見つける。
腋窩神経を圧迫から解放してあげる有効な体操。

体操1
1. 背筋をのばし脱力。
2. 痛む側の腕を後方へ引き、少しずつ上げる。
(手首はだらりと垂らす)
2. 上がりきったところで、20秒キープ。腕をゆっくり戻す。(2セット)

体操2
1. 痛む側の手を腰に当てる。
2. 肘を後方へ引く。
3. 引ききったところで、20秒キープ。腕をゆっくり戻す。(2セット)

体操3
1. 痛む側の腕を手のひらを上にして肩の位置まで上げる。
2. 120度の角度で肘を曲げ、そのまま水平に後方へ引く。
(体はひねらず腕だけを後ろへ)
3. 引ききったところで、20秒ほどキープ。腕をゆっくり戻す。(2セット)

実際にやってみると、どうしようもなかった首の痛みが引いた。
ただ、いつあの痛みが再発するとも知れないので、しばらくは用心の日々を送ることに。

映像日記

2月14日 水
非番。復調。寒し。
週末ゴダール。インタビューや批評つまみ読み。ドゥボール。situs状況主義。インタビューは何より興味深い。
アンヌ・マリー=ミエヴィルとの共作『Comment ça va?』
ポルトガルで起きたカーネーション革命を下敷きに、「視線」についての考察が中心を流れている。
タイプライターの手を動きと文章を読む目の動きの類比。
視線を司るものは?「文章」。
画面に映し出されるタイポ文字のカーソルの動き。
文章はそれを読む(見る)視線の前で意志を持って動き、視線を監視している。
視線が文章を追うのではなく、文章が視線を追う。
映像を撮ることも映像を観ることも可能
だが、
そこにあるべき「視線」そのものを描くことは(可能かどうかというより)許されているのか?

「最後に、《俳優と観客の間にある映画》というタイポ文字のタイトルが、
 冒頭の《能動と受動の間にある映画》に打ち消された後消去され、
 カーソルだけが空しく動き続けて映画は終わる」(E/M Books 2)

文字を打つ作業と打たれた文字がそこに表象として写し出される現象とのあいだにあるものについて。
「文字を打つという作業」が、打つ人とは別の主体性で、何か別の作業を行っているという仮説に立って。
思考というものがどこから来て、その思考がどのように表象化するのか、
どのようにそれが可能なのかということについての考察へ。
司るものがあるとして。
それは打つ人の内部に?写し出される文字の側に?あるいは作業をする手に?
文字の(カーソルの)動きのほうに?
いずれもそうであってそうでない。
なぜならば、いずれかが司っているということはないから。それらは一貫して司られているといえないか。
物としての文字も文字の動きも作業する手も手を動かす意識や神経伝達の部門も、一貫して。
では何によって司られる?
その「何によって(あるいは、どうやって)」を探究する考察の上に哲学があり、
その探究の影響の上に心理学があり、その探究の質的転移(表象化)の上に芸術がある。
作業や現象が、それが可能になっていく(展開していく)過程で一貫して何かに司られているとするならば、
はじめに「受動ありき」ということがいえるのである。
能動は受動に後押しされていると(呼吸についておもいをめぐらしてみる。呼吸はまず「吐く」ありき。

みな、地球。

年始に買った築地書館の『土と内臓』(ほんとうにほんとうに面白い本)のおかげで、
幸運なことに、私のなかに微生物への愛が芽生えた。
もともと微生物に愛着はあったけれど、いよいよ全身全霊で愛していこうとおもう次第。

今回の蜆TuRe(第七號)は、海と転生というテーマでひとつ書いてみた。
ちなみに今回はタイトルが長い。
『急げブランキゆるやかに この途方もない軽さのうえへおもいをはせよ』
なんとなく、ヘンリミラーの『ビッグ・サーとヒエロニムス・ボッシュのオレンジ』みたいなアップテンポの語感がほしかった。
それはさておき、これを書いている最中、プランクトンに友情を抱き、
その友情に乗り入れるかたちで、深い微生物愛が芽生えたのだ。

なによりもまっさきに地球のことを考えたい。どうもこのごろは、そういう心情から離れられなくなりつつある。
都民ファースト都民ファーストと東の方からは聞こえてくるが、いやいや地球ファーストだろう。
この地球上のどこを切っても微生物が躍動している。土の中、海の中、空の中、さらには動物の体内までも。
微生物はいわば地球の原住民である。
はるか昔、地球の中核で煮えたぎるマグマにもっとも近い海底の墳気孔で古細菌が生まれた。
想像を絶する高温の湯に浸かりながら、酸素をいやがる嫌気性の古細菌は、
酸素をこのむ好気性の細菌との結婚のときをじっと待ち、来たるべき原生動物の誕生にそなえていた。
それから何十億年もたって、真核細胞は植物を生み、動物を生み、生命の一部は海から陸へと上がっていった。
地上では、堅い岩が気の遠くなる時間をかけて砕け、そこに動物微生物の死骸が積もり、やがて豊かな土になった。
そうやって積み重ねられた長い長い建設作業の末に、生命の原初的な土台が築かれたのである。
その歴史的事情をわきまえずに、のうのうと地球で暮らしていくのは、私はいやなのだ。
それは、なんておこがましい、なんてまずしいことか!
「私はおなかが空いた!私は飯を食いたい!」
そういって食欲を振りかざすこの私という存在は、まちがいなくこの地球で暮らしている。
そしてこの私の体のなかでは、生命の大先輩である微生物たちが暮らしているのである。
たとえば牛の体のなかはどうだろう。
牛は草を食べ、それを胃と口のあいだで何度も反芻する。
この反芻に、牛が生き延びていく上でとても重要な秘密が隠さ…