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みな、地球。




年始に買った築地書館の『土と内臓』(ほんとうにほんとうに面白い本)のおかげで、
幸運なことに、私のなかに微生物への愛が芽生えた。
もともと微生物に愛着はあったけれど、いよいよ全身全霊で愛していこうとおもう次第。

今回の蜆TuRe(第七號)は、海と転生というテーマでひとつ書いてみた。
ちなみに今回はタイトルが長い。
『急げブランキゆるやかに この途方もない軽さのうえへおもいをはせよ』
なんとなく、ヘンリミラーの『ビッグ・サーとヒエロニムス・ボッシュのオレンジ』みたいなアップテンポの語感がほしかった。
それはさておき、これを書いている最中、プランクトンに友情を抱き、
その友情に乗り入れるかたちで、深い微生物愛が芽生えたのだ。

なによりもまっさきに地球のことを考えたい。どうもこのごろは、そういう心情から離れられなくなりつつある。
都民ファースト都民ファーストと東の方からは聞こえてくるが、いやいや地球ファーストだろう。
この地球上のどこを切っても微生物が躍動している。土の中、海の中、空の中、さらには動物の体内までも。
微生物はいわば地球の原住民である。
はるか昔、地球の中核で煮えたぎるマグマにもっとも近い海底の墳気孔で古細菌が生まれた。
想像を絶する高温の湯に浸かりながら、酸素をいやがる嫌気性の古細菌は、
酸素をこのむ好気性の細菌との結婚のときをじっと待ち、来たるべき原生動物の誕生にそなえていた。
それから何十億年もたって、真核細胞は植物を生み、動物を生み、生命の一部は海から陸へと上がっていった。
地上では、堅い岩が気の遠くなる時間をかけて砕け、そこに動物微生物の死骸が積もり、やがて豊かな土になった。
そうやって積み重ねられた長い長い建設作業の末に、生命の原初的な土台が築かれたのである。
その歴史的事情をわきまえずに、のうのうと地球で暮らしていくのは、私はいやなのだ。
それは、なんておこがましい、なんてまずしいことか!
「私はおなかが空いた!私は飯を食いたい!」
そういって食欲を振りかざすこの私という存在は、まちがいなくこの地球で暮らしている。
そしてこの私の体のなかでは、生命の大先輩である微生物たちが暮らしているのである。
たとえば牛の体のなかはどうだろう。
牛は草を食べ、それを胃と口のあいだで何度も反芻する。
この反芻に、牛が生き延びていく上でとても重要な秘密が隠されていることを、私は今回はじめて知った。
その箇所を『土と内臓』からかんたんに要約してあげてみよう。
牛の胃はぜんぶで四室からなる。
第一番目の胃には約1000兆個の微生物が住んでいて、牛が食べた草(セルロース)を来る日も来る日も分解している。
もし、この微生物がいなければ、牛はどんなに草を食べても餓死してしまうらしい。
第一胃で、微生物は、セルラーゼという酵素を放出し、セルロースを消化できる糖に分解する。
牛が反芻をくりかえすのは、
微生物が胃のなかでセルロースを消化できるくらいにまで、草を細かくすりつぶしてあげるためなのである。
牛はもったいぶって草を反芻しているのではない。しないと死亡してしまうから反芻しているのだ。
さて、微生物はセルロースから糖をつくりだす。が、これで終わらない。
第二胃(第一胃で始まった微生物発酵を拡大する混合室)へとうつる。
さきほどの糖は、牛ではなく微生物自身が食べる(牛は糖から直接の利益を受けない)。
この糖から、アセテート、プロピオン酸、酪酸エステルといった短鎖脂肪酸をつくりだす。
微生物が食後に出したこれらの脂肪酸を、
こんどは牛が吸収する。「ウシは住まわせている微生物が出す廃棄物で生きている」(本書より)。
消化物のほとんどは筋肉質の管である第三胃をとおり、最後の部屋、第四胃に送られる。
この終点で、牛は第一胃で繁殖した微生物を消化し(さんざん働かせた挙句最後は食べちゃうのだった!)、
これが牛の主なタンパク源となる。

牛の体内でおこなわれる微生物によるこうした分解吸収劇が、地球のいたるところでくり広げられているわけだ。
げんに、私たちの腸内でも。


地球というのは、私たちの外にある球体をさしていうのではない。
地球と腸内は、微生物という原始運動体を触媒にしてつながるひとつの同じ生命なのだ。
生命のあるところには微生物がいる。地球はその生命の代名詞といえるだろう。
オケラだってアメンボだって、地球。
生き物だけでなくあらゆる生成現象を引っくるめて、みな地球。
バクテリアだってハリケーンだって。みな、地球。




コメント

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映像日記

2月14日 水
非番。復調。寒し。
週末ゴダール。インタビューや批評つまみ読み。ドゥボール。situs状況主義。インタビューは何より興味深い。
アンヌ・マリー=ミエヴィルとの共作『Comment ça va?』
ポルトガルで起きたカーネーション革命を下敷きに、「視線」についての考察が中心を流れている。
タイプライターの手を動きと文章を読む目の動きの類比。
視線を司るものは?「文章」。
画面に映し出されるタイポ文字のカーソルの動き。
文章はそれを読む(見る)視線の前で意志を持って動き、視線を監視している。
視線が文章を追うのではなく、文章が視線を追う。
映像を撮ることも映像を観ることも可能
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そこにあるべき「視線」そのものを描くことは(可能かどうかというより)許されているのか?

「最後に、《俳優と観客の間にある映画》というタイポ文字のタイトルが、
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能動は受動に後押しされていると(呼吸についておもいをめぐらしてみる。呼吸はまず「吐く」ありき。

infra-mince考/『マルセル・デュシャン、メモ』No.10をめぐって

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infra-mince/アンフラマンス
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工場日記2

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10時から11時まで, 型版〈カルトン〉(その後もつづける). たやすい. やらかしそうな唯一の失態は, 詰めこみすぎ.
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記録は45分. 10時の支払は115フラン. 手当は36.75フラン. 時間賃率との差額合計は, 0.25フラン+1フラン+
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〔シモーヌ・ヴェイユ『工場日記』1935年1月2日から5日まで より〕


去年の夏、蜆TuReの印刷費とデザイン料を捻出するため、郵便局でゆうパックのバイトをした。
週5、午前6時から10時までの実働4時間。
ヴェイユ熱にほどよくおかされていたころで、つねにみすずの『ヴェイユの言葉』を手に持って出勤していた。
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